広末涼子が若い頃に奇行に走った本当の理由は崩壊寸前の精神状態だった!

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画像引用元:https://www.cinemacafe.net/article/2020/01/24/65511.html

今回は、広末涼子若い頃についてお話しします。

90年代にその美貌で一世を風靡した広末涼子ですが、全盛期には数々の奇行に走っていました。

なぜ広末涼子が奇行に?!と驚く方も多いかと思いますが、そこには崩壊寸前まで追い詰められた精神状態が関係していたようです。

広末涼子はなぜそこまで精神的に追い詰められていたのでしょう。

若い頃の広末涼子の奇行の詳細や、当時の人気ぶりを確認していきます。

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この記事で分かる事
・広末涼子の奇行の数々と奇行に走った原因
・若い頃の広末涼子の活躍・経歴

広末涼子が若い頃に奇行に走った原因



数々の人気ドラマ・映画に出演し、全盛期にはテレビで見ない日はなかった広末涼子。しかし、当時数々の奇行に及んでいました。

清楚であどけなく、可愛らしい印象だった広末涼子ですが、なぜ奇行に走ってしまったのでしょうか?

ここでは、全盛期に広末涼子がした奇行の詳細や奇行に走ってしまった理由についてお話しします。

奇行の内容

✅まずは、広末涼子がやらかした数々の奇行の詳細についてお話しします。

にわかには信じがたいですが、全盛期の広末涼子は信じられない奇行に及んでいました。

有名な奇行は4つほどあるので、詳しく確認していきましょう。

西麻布で路上に座り込み写真が流出

✅広末涼子の奇行、まず一つ目は西麻布の路上に座り込んでいる写真が流出したというものです。

そのときの画像がこちらです。

画像引用元:https://decopachi.com/entry/hirosue-ryoko-kantorengo

まるでドラマのワンシーンのようですが、これは完全にオフのときの写真です。

この日広末涼子は西麻布のクラブで遊んでいたといわれています。

クラブ遊びが事実だとすれば、この写真が撮影されたときは酔っぱらっていたのでしょうね。

タクシー代金を無賃乗車

✅また、さきほどの座り込み画像を撮影されたとき、広末涼子はタクシーに無賃乗車していたそうです。

西麻布で朝まで飲んだ広末涼子は、タクシーで撮影現場の千葉県白浜市のロケ地まで言ったそうですが、乗車賃4万円を持ち合わせておらず、結果的に無賃乗車になってしまったんだとか。

スタッフが支払って事なきを得ましたが、あの写真だけを見たらただごとではない気がしますよね…

ただ、広末涼子は誤解を解くべく当時の事実をテレビで語っています。

それによると、実際は以下のようなシチュエーションだったそうです。

・マネージャーが朝寝ていて連絡がつかなかった

・撮影に遅れそうな広末涼子はタクシーに乗車

・しかし、現場に到着するとドラマの撮影が中止になっている事実を知る

朝まで遊んでいたのは事実のようですが、広末涼子の話を聞く限りマネージャーと連絡が付かなく仕方なくタクシーに乗っていたようなので、無賃乗車はデマだったのかもしれません。

突然の事態にパニックになったうえに二日酔いで急いで移動していたら、ああいった写真を激写されてしまうのも仕方ないかも、と思えますね。単に飲み過ぎただけなのかも。

大学在学中のレポートの文面がメチャクチャ

✅更に、早稲田大学に進学した広末涼子は大学でもある奇行に及んでいます。

広末涼子は1999年に早稲田大学教育学部国語国文科に自己推薦で入学

しかし、多忙で欠席が続き2003年10月に5年生で自主退学しています。

そんな大学時代に提出したレポートがメチャクチャな文面だったそう。

証拠画像や証言などは特にありませんが、多忙すぎてきちんとした文章を書く余裕もなかったのかもしれません。

全盛期の広末涼子の人気はそれはすごいもので入学してからも欠席が続いていたようですし、もう通学するのがやっとだったのでしょう。ちょっと可哀想になってしまいますね。

カメラの前でいきなり号泣し出す

✅そして広末涼子はついにカメラの前でも奇行に走ってしまいます。

広末涼子は映画『WASABI』に出演していますが、同作品の製作記者会見で号泣してしまったのです。

号泣の経緯は以下のようなものだといわれています。

・映画監督兼プロデューサーが広末涼子に映画出演をちらつかせていた

・監督と何度もデートして、やっと出演が決まる

・しかし、監督が広末涼子の演技を気に入らずメガホンを途中で投げてしまった

・映画だけでなくプライベートでも監督に飽きられ、号泣してしまった。

こう語り継がれていますが、正直信憑性は低く、これらのエピソードは噂の範疇を出ていません。

実際、広末涼子はこの「号泣事件」について、2016年の雑誌のインタビューで「素敵なスタッフさんたちが一生懸命作品を作ってくれたのに、マスコミの人々の質問がすごく残念な内容で悲しくなって泣いてしまった」という旨の発言をしています。

そして当時の自分を「幼かった」「そういう感情は表に出すべきではなかった」と振り返り、反省。

やはり監督に『枕』をしていたというさきほどのエピソードは単なるウワサで、事実ではないのでしょうね。

様々な奇行の噂についてきちんと事実を自分の言葉で語ってくれる広末涼子は、とても芯が強く筋の通った女性だと思いました。

奇行の理由

✅様々な奇行に及んでしまった広末涼子ですが、そこにはある理由がありました。

結論から言うと、奇行に走っていた当時の広末涼子は多忙を極め精神的に限界に達していたようです。

20代後半には、自ら命を絶つ寸前まで追い詰められていたというエピソードも。

広末涼子は当時を振り返ってこう語っています。

もうしんどすぎて、これ以上頑張れないなって――。いつも気づいたら高い所にいって、誰か背中を押してくれないか――っていう感じだった

引用元(めるも

相当ギリギリの状態で、誰かに助けを求めていたのでしょう。

当時の広末涼子の人気ぶりは、本当に目を見張るものでした。

早稲田大学の入学式には、報道陣らや学生らが1000人以上集まったのです。

ポケベルを始めCMにも多数出演し「天使」と呼ばれ、もはや「広末涼子」という存在は社会現象にすらなっていました。

1995年から2003年まで毎年のようにドラマに出演し、『秘密』や『鉄道員』(ぽっぽや)など映画でも大活躍

90年代から2000年代前半にかけては日本国民がテレビで毎日広末涼子を見ていたといっても過言ではありません。

まだ若く幼かった広末涼子にとって、親元を離れ飛び込んだ世界でここまで注目されることはいい事ばかりではなかったでしょう。

忙しいのはいいことですが、あまりにも多忙すぎて精神的に多大なダメージを受けていたといえます。

精神的に追い詰められフェードアウト

✅そんな広末涼子ですが、2003年には岡沢高宏とのデキ婚を発表。当時23歳でした。

デキ婚について広末涼子は、「確信犯」だと語っています。

つまり、多忙で精神的に追い詰められた状況から、結婚に逃げフェードアウトをはかったのです。

お二人は2008年に離婚していますが、当時の広末涼子にとって岡沢高宏は救世主だったのかもしれません。

広末涼子のデキ婚に世間の声は?

✅それでは、広末涼子のデキ婚騒動について世間の皆さんはどう思っているのでしょうか?

Twitterでの意見を確認します。

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「なんでデキ婚したんだろう」と否定的な意見もありますが、「その後復帰しているし強い!」「二回デキ婚しても清楚系なイメージで大好き!」という肯定的な意見もあります。

賛否両論あるかとは思いますが、わたしは、自分の身を守るために結婚という選択をした広末涼子を尊重したいなと思います。

広末涼子の若い頃の芸能活動

✅全盛期の人気が目を見張るものだったという広末涼子ですが、若い頃の活躍ぶりはどんなものだったのでしょうか?

若い世代の人々は、当時の広末涼子がどれほど人気だったか知らない人も多いかと思います。

そこで、ここからは、若い頃の広末涼子の実績や経歴、当時の可愛さが分かる画像をご紹介します。

経歴・実績

✅まずは、若い頃の広末涼子の経歴や実績をお伝えします。

広末涼子は1994年に雑誌で見つけたCMオーディションに応募し、第一回クレアラシル『ぴかぴかフェイスコンテスト』でグランプリを受賞。

翌年1995年にはクレアラシルのCMでデビューし、同年6月には『ハートにS』でドラマデビューを果たします。

その後も様々なCMに出演し、1996年に出演したNTTドコモのポケベルのCMで一躍有名になり、1997年に『Majiでkoiする5秒前』で歌手デビュー。

1999年にはコンサート『RN DEBUT TOUR1999』を決行し同年には映画『秘密』で主演。

同作品では『第33回 シッチェス・カタルーニャ国際映画祭 最優秀主演女優賞』『第23回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞』など様々な賞を受賞しています。

映画デビュー自体は17歳のときの『20世紀ノスタルジア』ですが、後年の『秘密』だけでなくこの作品でも若くして様々な新人賞を総なめしていたのです。

また、広末涼子が全盛期に出演したドラマには、主に以下のようなものがあります。

・ビーチボーイズ

・聖者の行進

・世界で一番パパが好き

・Summer Snow

・オヤジぃ。

これらの作品でも演技力を高く買われ、2003年に岡沢高宏と結婚し一時休業するまでコンスタントにテレビ・ドラマ・映画に出演していました。

経歴を見ても分かる通り広末涼子は毎日・毎年のように様々なシーンで活躍していて、本当にいつ寝ているんだというくらい売れっ子でした。精神的にキツくなってしまうのも納得の忙しさです。

若い頃の可愛すぎる画像

✅そんな全盛期の広末涼子はどれくらい可愛かったのでしょう。

若い頃の画像をいくつかご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。

まず、こちらは10代の広末涼子です。

画像引用元:https://middle-edge.jp/articles/iOI5l

画像引用元:https://irohanihohoho.com/ryoko-hirosue_past/

ボーイッシュななかに女の子らしさが残っていて、めちゃくちゃ可愛いですね。

まるで少女漫画のヒロインのような透明感です。

画像引用元:https://twitter.com/kiosukumizu/status/1179977145080090624

20代の広末涼子はこちら。

画像引用元:https://bunshun.jp/articles/photo/44104?pn=2

画像引用元:https://buenavistacity.com/hirosue-young

画像引用元:https://twitter.com/kiosukumizu/status/1179977145080090624/photo/2

20代になると、可愛さはそのままに一気に綺麗なお姉さん感が出てきますね。

本当に絶世の美少女・美女で、『天使』の呼び名がぴったりです。

30代はこちらですが、30代になってもこんな美しさを維持している女性ってそうそういないです。

画像引用元:https://twitter.com/kiosukumizu/status/1179977145080090624/photo/3

10代、20代、30代とそれぞれの世代で違った魅力を披露しています。

それにしてもびっくりするくらい小顔ですよね。

特に10代の頃のショートカットなんて、広末涼子くらい小顔で可愛くないとぜったい似合わないのでうらやましいです。

広末涼子の若い頃に対しての世間の声

では、若い頃の広末涼子について世間の皆さんはどう思っているのでしょうか?

「若い頃の広末涼子、可愛すぎる」「奇行っていうけど案外普通の感覚持ってたんじゃない?」と若い頃の広末涼子を肯定する意見が多数寄せられました。

もちろん若い頃も可愛いのですが、今もかなり可愛いですよね。

まとめ

今回は、広末涼子の若い頃についてお話ししました。

要点をまとめます。

・若い頃奇行に走ったのは、多忙な環境で精神的に追い詰められていたから

・全盛期は「天使」と呼ばれ、10代で様々な新人賞を総なめする売れっ子だった

90年代の広末涼子は、本当に恐ろしいほど人気でしたよね。

若い頃の写真を見れば納得すると思います。

40代に突入した今も衰えぬ美貌の持ち主ですので、今後の活躍に期待ですね。

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