浅野ゆう子が若い頃から現在のトップ女優になるまでの道のりは波乱盤上だった!

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画像引用元:https://www.crank-in.net/interview/89580/1

今回は、浅野ゆう子若い頃についてお話しします。

浅野温子とともに「W浅野」として一世を風靡し、今やトップ女優となった浅野ゆう子ですが、その生い立ちは波乱万丈なものでした。

浅野ゆう子はどのような過去を持っているのでしょうか?

若い頃から現在に至るまで、浅野ゆう子が歩んできた人生を経歴とともに振り返ってみましょう。

この記事で分かる事
・浅野ゆう子の生い立ち
・デビューのきっかけや若い頃
・旦那の情報

浅野ゆう子の若い頃から現在にいたるまでの背景

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✅まずは、浅野ゆう子の生い立ちや若い頃のエピソードをご紹介します。

トレンディドラマの代名詞ともいえる存在の浅野ゆう子ですが、その生い立ちは壮絶なものでした。

浅野ゆう子の生い立ちや若い頃の経歴・活躍ぶりを振り返ってみましょう。

生い立ち

✅ここでは、浅野ゆう子の生い立ちについてお話しします。

浅野ゆう子は、1960年7月9日うまれの兵庫県神戸市東灘区出身です。

小学6年生からすでに芸能活動を開始しており、小学4年生のときにナンパされたことがあるくらい抜群のスタイルとルックスの持ち主です。

そんな華々しい人生を歩んできた浅野ゆう子ですが、浅野ゆう子が生まれた直後、父親が新しい彼女とともに産婦人科に行っていることが判明します。

父親は出産で疲れ果てている母親に離婚を切り出し、浅野ゆう子が3歳になったときに実際に離婚したそうです。

その後は親戚の家を転々としていたという浅野ゆう子。

普段の明るく活発なイメージからは想像もできない波乱万丈な幼少期を送っていたようです。

父親

✅続いて、父親の人物像についてお話しします。

母親が浅野ゆう子を産んだ直後に離婚を切り出した浅野ゆう子の父親は、国会議員の石井一さんという人物です。

石井一さんのプロフィールは以下の通りです。

名前:石井一(いしい はじめ)

生年月日:1934年8月17日

出身地:兵庫県神戸市

職業:政治家

学歴:甲南大学経済学部出身

浅野ゆう子の父親である石井一さんは、参議院議員1期、衆議院議員11期、さらに国司庁長官や自治大臣などを務めた大物政治家です。

竹下登の側近をしていた経験もあるそうです。

石井一さん自身が浅野ゆう子の父親だと公言したわけではないので、浅野ゆう子の父親だというのはあくまでも噂の範疇です。

政治家は芸能人以上にイメージが大事な職業なので、出産直後の妻を置いて別の女性と産婦人科に行き妻に離婚話を突き付けたなんて事実が知れれば大変なことになります。

一部では悪い噂が広まらないように関係各所が圧力をかけていたという噂

そのため、今後も石井一が浅野ゆう子の父親であることを公言する可能性はかなり低いと思います。

母親

✅続いて、浅野ゆう子の母親についてお話しします。

浅野ゆう子の母親は赤沢住枝さんという名前で元芸者の女性です。

以下が、赤沢住枝さんのプロフィールです。

名前:赤沢住枝(あかざわ すみえ)

生年月日:1932年

出身地:兵庫県神戸市

赤沢住枝さんは、神戸の高級料亭『上伊』で芸者を務めていました。

竹下登さんのお気に入りで、住枝さんに会うために料亭に通うほど売れっ子の芸者さんだったそうです。

噂によると石井一さんと赤沢住枝さんと結婚させたのも竹下登さんだったんだとか。

赤沢住枝さんは芸能活動にも理解があり、浅野ゆう子の芸能界入りもすんなり受け入れてくれました。

むしろ浅野ゆう子が幼い頃から歯を矯正したり、足が綺麗になるよう正座を禁止したり、娘が人に見られる職業であることを前向きに意識して子育てに取り組んできたようです。

浅野ゆう子が芸能界で活躍できるようになったのは、母親の影響もあるのかもしれませんね。

デビュー

✅ここからは、浅野ゆう子のデビューのきっかけや現在に至るまでをお話しします。

浅野ゆう子は、小学校6年生の秋に神戸三宮のサテライトスタジオでラジオの公開録音を訪れた際に研音関係者からスカウトされ、芸能界入りを決意しました。

母親を説得すると1年間レッスンを受講して一人で上京することになります。

そして12歳のときにCMオーディションに入賞し、芸能界デビュー。

画像引用元:http://kikimimi.shop-pro.jp/?pid=144766057

当初はアイドル歌手として活動しており、1974年デビュー時には『恋はダン・ダン』で第16回日本レコード大賞新人賞を受賞

1976年には『セクシー・バス・ストップ』がヒットするなど、アイドル歌手としても精力的に活動。

画像引用元:https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2105/26/news151.html

ただ、当時のアイドルとして長身で日本人離れした体つきの浅野ゆう子はかなり異端だったようです。

そのためアイドルとしては大成せず、中学校に入ると女優として活躍するようになります。

中学生のときには『太陽にほえろ!』や映画『恋の空中ぶらんこ』に出演するなど女優としても徐々に実績を積んでいきました。

画像引用元:https://www.pinterest.jp/pin/139259813464866943/

『太陽にほえろ!』ではお茶くみのOLさんを演じていましたが、なんとこのときまだ14歳だったのです。

それだけ浅野ゆう子が幼い頃から大人びた美人だったということでしょう。

20代の浅野ゆう子

✅続いて、20代の浅野ゆう子の活躍ぶりをお話しします。

その後20代に成長した浅野ゆう子は、当時まだ2時間ドラマが年に2本程度とそこまで売れっ子ではありませんでした。

画像引用元:https://middle-edge.jp/articles/I0001015

しかし、1988年に連続ドラマ『君の瞳をタイホする!』でヒロインを演じると、『抱きしめたい』で浅野温子と共演し『W浅野』として一世を風靡するようになります。

画像引用元:https://www.4116.jp/blog/diary/702/

それ以降トレンディドラマの代表格となり、当時の女性の憧れの的となりました。

80年代後半はW浅野のファッションやメイクを真似する女性が街にあふれかえっていましたね。

浅野ゆう子の若い頃の評価について

✅では、浅野ゆう子の若い頃について世間の皆さんはどう思っているのでしょうか?

Twitterでの意見をご紹介します。

「若い頃の浅野ゆう子可愛い!」と言う意見が圧倒的に多かったです。

当時の浅野ゆう子は本当に可愛かったですもんね…女性ならば誰でも憧れます。

30代の浅野ゆう子

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✅浅野ゆう子は、1990年代に30代に突入すると女優としての転機を迎えます。

浅野ゆう子が自身の転機となったと語るのは、1995年公開の映画『蔵』です。

今まで都会に生きる女性を演じてきた浅野ゆう子にとって『蔵』で戦前のヒロインの養母を演じるというのは、予想だにしていない出来事でした。

画像引用元:https://aucview.com/yahoo/v782720822/

当初はオファーを断ったものの、松方弘樹さんにすすめられて出演すると『日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞』を見事受賞します。

そして、その後90年代は『親愛なる者へ』や『長男の嫁』連続テレビ小説『ひまわり』など数多くのドラマ・映画に出演し、一気に女優としての知名度を上げていきます。

画像引用元:https://www.tbs.co.jp/tbs-ch/item/d1364/

もともと女優として注目されていましたが、演技の幅を広げたことで更に評価されるようになったのですね。

40代の浅野ゆう子

✅映画『蔵』で一躍トップ女優となった浅野ゆう子は、40代に突入してからも精力的に活躍しています。

2000年代に40代に突入した浅野ゆう子は、コンスタントに様々な映画・ドラマに出演します。

画像引用元:http://junsky07.blog89.fc2.com/blog-entry-732.html?sp

画像引用元:https://ameblo.jp/bijonotatazumai/entry-11620081882.html

『最後の弁護人』や『大奥』『OLにっぽん』など多種多様なジャンルの作品に出演し、脂の乗った大人の女優としての品格を漂わせ、自身に与えられた役を熱演。

連続ドラマに関しては一年に1~2本、映画も一年に1本のペースで出演しており、トレンディ女優時代から変わらぬ評価の高さを感じさせます。

もともと美人系の顔立ちだった浅野ゆう子ですが、40代になってもその美貌は変わらなかったんですね。

50代の浅野ゆう子

✅2010年代に50代となった浅野ゆう子は、その後も女優としての勢いが衰えません。

画像引用元:http://blog.livedoor.jp/shimma/archives/51783386.html

『ほっとけない魔女たち』や『猿飛三世』などドラマに出演し、連ドラと並行して年1のペースで2時間ドラマにも出演しています。

50代になった浅野ゆう子の画像はこちらです。

画像引用元:https://be-story.jp/article/57908

画像引用元:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/01/26/gazo/20180126s00041000001000p.html

2018年にはベストドレッサー賞50代部門を受賞するなど、演技力だけでなくその美貌も高く評価されています。

肌のシミやシワもなく、劣化していないので本当に綺麗なまま年を重ねた印象ですね。

現在の浅野ゆう子

✅そして、2022年現在浅野ゆう子は60代に突入しています。

1960年7月9日うまれの浅野ゆう子は、2022年5月現在61歳となっています。

2022年1月にはセカンドハウスを購入したことを明かし、プライベートも充実しているようすです。

画像引用元:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/01/31/kiji/20220131s00041000479000c.html

ドラマや映画だけでなく『秘密のケンミンSHOW 極』などバラエティ番組にも進出し、若い世代も浅野ゆう子に親しみを持てるような仕事をこなしています。

画像引用元:https://music-book.jp/video/news/news/606001/img-2

2022年5月1日には戸田恵子がパーソナリティを務める『戸田恵子 オトナクオリティー』に出演。

画像引用元:https://www.excite.co.jp/news/article/AllNightNippon_358985/

トップ女優として芸能界を牽引し続けています。

旦那の死去

✅そんな浅野ゆう子ですが、過去に同棲していた事実婚状態の男性が亡くなるという悲しい経験をしています。

現在一般男性と結婚している浅野ゆう子は、今まで結婚歴はなく、事実婚のみでした。

浅野ゆう子は2012年に俳優の田宮五郎との熱愛をスクープされています。

田宮五郎がデビューする前から知り合いだった浅野ゆう子は、デビュー後もなかなか芽が出ない田宮五郎を献身的にサポートし、2007年に交際開始すると2011年に都内の高級マンションで同棲生活を始めます。

しかし、2012年4月に田宮五郎がくも膜下出血で倒れてしまいます。

浅野ゆう子は後遺症が残る田宮五郎のリハビリに付き添うべく趣味を全て中断して時間を費やしました。

一度は回復するも、2014年11月に田宮五郎はまたしてもくも膜下出血を再発し倒れてしまいます。

そして、浅野ゆう子に看取られながら旅立ってしまいました。

一時期は食事も喉を通らないほど落ち込んだ浅野ゆう子ですが、2015年1月には「出会いがあれば別れはある」「支えてくれている人々に感謝していかなければならない」と前向きな気持ちになれたことを明かしています。

その後浅野ゆう子は2017年に一般男性と再婚

旦那の詳細については以下の記事を参考にしてください。

浅野ゆう子の現在の評価について

では、現在の浅野ゆう子について世間の皆さんはどう思っているのでしょうか?

「声が変わった」という意見や、浅野ゆう子の出演するドラマを未だにチェックしているファン、そして今でも浅野ゆう子は綺麗という意見が見うけられました。

浅野ゆう子は本当に劣化知らずなので、昔からのファンにとっては今も憧れの存在かもしれませんね。 

まとめ

今回は、浅野ゆう子の若い頃についてお話ししました。

要点をまとめます。

・浅野ゆう子の父親は政治家、母親は元芸者

・父親は浅野ゆう子を産んだ直後の母に離婚を切り出す

・デビューのきっかけはスカウト

・2014年に事実婚状態だった田宮五郎をくも膜下出血で亡くす。2017年に一般男性と再婚

明るく元気な印象の浅野ゆう子

こんなに波乱万丈な過去があったなんて、知りませんでした。

現在は旦那と幸せな生活を送っているようなので安心です。

浅野ゆう子のこれからを温かく見守りましょう。

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